良い会社の今昔物語

昔の会社は神道型。昔というのはバブルを含む安定期から90年代。仕事は楽しいもの。楽しければ本人の裁量で夜中でも休日でも仕事をし、得られる給与も上がる。そんな人たちを職場一体となって盛り上げ、さしずめ稼業のような組織。休日のBBQや旅行、上司とのゴルフなどは部下の方から誘うことも珍しくなかった。恋愛は公私ともに苦楽を共にするので、遠くの恋人よりも職場の友人。友人を超えて社内恋愛、結婚のケースも少なくなかった。そこには専制型か民主型の強烈なリーダーシップが存在していた。ちなみに私も当時はサラリーマンだったがホームパーティ、帰りがけの公私にわたる飲み相談、休日ゴルフなどご多分に漏れずやっていました。このように公私にわたり共有しても楽しいと思える人間同士で働く様子を神道の八百万の神がともに働く喜びをわかちあったことから神道型と命名。

一方、現代の良い組織とは仏教型である。現代というのは2000年初頭の過渡期、リーマンショックを経て東日本大震災以降から現在に至るまで。仕事は楽しいかどうかよりも責任を果たし結果を残し承認されること。公私は完全に分け、政府推進の追い風もあり、やりたくても残業や休日出社はしずらい、できない環境へ変化。最近の具体的な見聞を紹介すると、非常勤で1日6時間勤務の従業員に対して、人事が1日4時間くらいしかシフトに入れていないので現場が無理に従業員の勤務を短くしている可能性を疑い、労働者を守るため事実確認。ところが従業員は手術のため労働時間が少なくなって迷惑をかけないよう1日6時間に申請、運営組織はこれに寄り添い柔軟に対応。ところが仕事量が変わらないので4時間に戻したが事務手続きの不備で修正できていなかった。労働者は直属の運営側が悪くならないように必死にかばう。こんな例だった。人事は雇用者の安全性を守るため動き、現場の運営側と雇用者はお互いに配慮しあっているという例。このように長時間働いたり、職場に極端なやりがいなどは求めず、他者に配慮しながら自分の責任を主体的に淡々と稼働できる時間内で果たそうとしている。そこには絶対的なリーダーはおらず、牧場主のオーナーのような行動枠を管理する放任型のリーダーシップでマネジメントしているのだ。これを働くことは生きるために足りる分だけ働くという足るを知るの仏教型と命名。

この先の懸念

少子高齢化により人手不足解決策に安易に外国人に頼ろうとしている。日本の公共教育や遠慮の発信と察しの受信というコミュニケーション、モチベーションなど同じ文化・価値観ではない労働者をどこまでどのように使うのか、AIやシステムを使ってどこまで人員削減ができるのか、または人がいないのであればどのくらいサービスを削減するのか(最近の飲食のようにタッチパネルの前払い、セルフサービスにするなど)の調整であろう。外国人労働者が増えればイスラムのように宗教を押し付けてくる民族もいるので、そもそも信心深い宗教者に入国や労働させないなど厳格な入国審査が必要なことであろう。犯罪を犯したとき不起訴では再犯、強制送還には金がかかる。この辺を見直すタイミングはもう待ったなしの状況で緊急度も重要度も高い問題である

根本 豊